魔法の言葉
「はっさ、あんたちゅーばーだねー こんなことしたら大人でも泣くよー でーじちゅーばーさー」
小学校4年の時に、全体集会が運動場で開かれるちょっと前に、テニスコートのネットを高跳びして遊んでいた。同級生の女子美奈子がそれを見て「男だったら、端っこの1番高いところ飛ばんとー」
ネットは、真ん中が垂れて低くなってる、そこを男子が飛んでいたから、美奈子はそう言ってきたのだ。「簡単さー、飛べるさー」そう言って、僕は端っこを攻めた。見事に足がネットにひっかかり左腕から思いっきり地面に落ちた。「引っかかったさー 飛べんさー あはは」
腕は激痛で真っ赤に腫れた上がった。飛べなかった恥ずかしさで、「痛い」とも言えず、集会の間約1時間痛みに耐えていた。
集会が終わって、先生に腕が痛いことを告げると保健室に連れて行かれた。「折れてるかもしれないねー」保健室の先生に応急措置をしてもらってる間に、母がかけてつけてきてくれてそのまま病院に行った。
これが、僕が最初の病院だ。
病院に行ったら、にぃにぃお医者さんとおじぃお医者さんが二人いた。
「あい、赤くなってるさー。転んだの?」にぃにいお医者さんは声が大きい。人見知りが激しかった僕は、そんな事聞かないでいいから早く腕を見てくれと思いながら、「テニスコートのネット飛ぼうとしたら引っかかって。。」ボソボソと蚊の鳴くような声でなんとか答えた。「テニスやってるの?俺もテニスやってるんだよー」にぃにぃお医者さんはとにかく明るい。僕は慌てて「あ、テニスはやってないけど、高跳びして遊んでて」「あ、そうね。痛かったねー」
おじぃお医者さんは、しわがれた優しい声で「じゃあまずレントゲンとってみようねー」
もう自力では腕が上げられない程になっていた。痛いってもんじゃなかった。
おじぃお医者さんがレントゲンを見ながら「これ折れてるねー、ギプスしないとダメだねー」
やっぱり折れてるんだ。ギプス??
おじぃお医者さんがにぃにぃお医者さんに指示して、僕の手首の方を掴むように言ってる。
「ちょっとだけ痛いよー我慢してねー」
「せーの」そう言って、おじぃお医者さんは二の腕の方を引っ張って にぃにぃお医者さんが手首の方を引っ張って、綱引きの要領で互いに引っ張りあったのだ。
グギッ!この世のものとは思えない痛みが走った。
「ぎゃーーーー!」
「ちょっとだけ痛いって言ったさぁ。。」心の中で叫んだ。身体中から汗が噴き出て、さぁ泣くぞ、泣くぞーってまさにその時、おじぃお医者さんがにっこりと
「はっさ、あんたちゅーばーだねー こんなことしたら大人でも泣くのによー でーじちゅーばーさー」(強いね、こんなことしたら大人でも泣くよー、とっても強かったね)って言ってきた。「だからよー、ちゅーばーだねー」にぃにぃお医者さんが続いた。「え?ちゅーばー?俺ちゅーばーなの?」不意をつかれた僕は、とっさに泣くに泣けず意地で涙をこらえてみせた。心臓がバクバク唸っている。それから左腕は石膏で固められた。
「はい、もう大丈夫よー。1ヶ月くらいしたら治るからそれまで固定しとこうねー。」にぃにぃお医者さんがギプスした手を首から紐で吊るしてくれた。「どうもありがとうございます」母が何度も頭を下げていた。「治ったら一緒にテニスしよーなー」でかい声だ。だから、テニスはやってないって。。。
帰り道、母親にどんだけ痛かったかを話し、それでも泣かなかった自分の強さを誇らしく語り、なんだかいい気分で家路に着いた。
その出来事は僕を病院好きにさせた。お陰でちょっとした怪我でもすぐに病院に行く習慣ができた。にぃにぃお医者さんとおじぃお医者さんのにっこりと「ちゅーばーだねー(強いねー)」と言った魔法の言葉が、今でも僕に勇気をくれる。
次の日、ギプスを巻いて登校したら、「男なら端っこを飛べ」と言った美奈子が僕に謝ってきた。「ごめんねー、私が高いところ飛べって言ったから」
僕はにっこり答えた。「大丈夫さー、1ヶ月くらいしたら治ってるってよー」